承応2年 (西暦1653年)は今から370年前。干支は巳(へび)年です。
- 1653年のできごと -
- 4月4日 - 11月15日 - 日本・江戸時代:玉川兄弟が玉川上水を開削(1654年通水開始)
- 4月20日 - イングランド共和国:オリバー・クロムウェル、クーデターでランプ議会(長期議会)を解散。7月4日にベアボーンズ議会を召集。
- 9月26日 - 西日本一帯(九州西部から中国地方西部)が暴風雨に襲われた。徳川家綱の事蹟を記録した「厳有院殿御実紀・巻六」の承応二年八月の項に、“十三日”として“肥後熊本、洪水の注進あり。八万四千百六十石程その害蒙り。人畜多く溺死せりとぞ”。また“廿六日”として“安芸広島。長門の萩。このほど洪水の注進あり”。と記されている[1]。この暴風雨により、特に熊本では多くの死者が出た。広島市付近でも被害は大きく、死者約5,000人[2]。
- 12月12日 - イングランド共和国:オリバー・クロムウェル、ベアボーンズ議会を解散。12月16日に『統治章典』が公布され護国卿となる(-1658年)。
- ムガル帝国:タージ・マハル竣工。