昭和44年 (西暦1969年)は今から54年前。干支は酉(とり)年です。
- 1969年のできごと -
出来事1月
- 1月1日 - チェコスロバキアが連邦制を導入。
- 1月16日 - チェコスロバキアの大学生ヤン・パラフがプラハのヴァーツラフ広場でワルシャワ条約機構軍の侵攻によるプラハの春圧殺に抗議して焼身自殺を図る。パラフは3日後に死去。
- 1月16日 - ソ連の有人宇宙船・ソユーズ4号とソユーズ5号が史上初の有人宇宙ドッキングに成功。
- 1月16日 - アメリカ合衆国初の実用高速列車「メトロライナー」が営業運転を開始する。
- 1月20日 - リチャード・ニクソンが第37代アメリカ合衆国大統領に就任。
2月
3月
- 3月1日 - 富士重工業が「ff-1」を発売(「スバル・1000」のマイナーチェンジで、1970年7月に「ff-1 1300G」へ移行)。
- 3月2日 - 中ソ国境紛争(珍宝島事件/ダマンスキー島事件)勃発。
- 3月17日 - 東洋工業(現・マツダ)が「ポーターキャブ」を発売(10月には「ルーチェロータリークーペ」を発売)。
- 3月30日 - フランシーヌ・ルコント(Francine Lecomte)がパリで政治活動中に焼身自殺。後に、日本において彼女を題材にした歌「フランシーヌの場合」(新谷のり子)がヒットする。
4月
- 4月1日 - 日本人の一般海外旅行における1回あたりの外貨持ち出し制限が、従来の500USドルから700USドルに緩和される。
- 4月7日 - 永山則夫連続射殺事件の犯人・永山則夫を逮捕[2](事件で使用された拳銃は在日アメリカ海軍・横須賀海軍施設から盗まれたもの)。
- 4月14日 - トヨタ自動車が「パブリカ」をモデルチェンジ。イメージキャラクターに俳優の石坂浩二を起用(ダイハツ工業との提携により、同社からは「コンソルテ」として発売された)。
- 4月15日 - アメリカ海軍の早期警戒機EC-121が朝鮮人民軍に撃墜され乗員全員が死亡する(詳細は「アメリカ海軍EC-121機撃墜事件」を参照)。
- 4月15日 - 本田技研工業が同社初の4ドアセダン「ホンダ・1300」を発売。
- 4月28日 - シャルル・ド・ゴールがフランス大統領を辞任。
5月
6月
- 6月8日 - 南ベトナム解放民族戦線、南ベトナム共和国臨時革命政府を樹立。
- 6月10日 - 日本のGNP(国民総生産)が西ドイツを抜いて世界第2位となったことを同国の経済企画庁が発表[6]。
- 6月12日 - 日本初の原子力船「むつ」が進水式[6][7]。
- 6月28日 - ニューヨークでストーンウォールの反乱が起きる。
7月
- 7月7日 - カナダで公用語法成立、英語・フランス語双方が公用語規定される。
- 7月8日 - IBMによって開発されたトランザクション処理システム、CICSが発売。
- 7月14日 - サッカー戦争: エルサルバドル軍がホンジュラスに侵攻。
- 7月15日 - ジョルジュ・ポンピドゥがフランス大統領に就任。
- 7月18日 - エドワード・ケネディ上院議員が飲酒運転の末に自動車事故を起こした際、死体遺棄で大きなスキャンダルとなる(詳細は「チャパキディック事件」を参照)。
- 7月20日 - アポロ11号が人類初の有人月面着陸を果たす。
- 7月21日 - 三菱重工業が「ミニカ」をモデルチェンジ(12月には「コルトギャラン」発売)。
- 夏季 - ガーナを起点として急性出血性結膜炎(アポロ病)が世界的に大流行する。
8月
- 8月9日 - 日本漁船が歯舞諸島沖でソ連警備艇と衝突し沈没。11人死亡。
- 8月14日 - 北アイルランド問題: イギリス軍が北アイルランドの宗教紛争に介入 (en:Operation Banner) 。
- 8月15日〜8月17日 - ウッドストック・フェスティバル開催。
- 8月27日 - 松竹映画『男はつらいよ』(渥美清主演・山田洋次監督)公開(シリーズは1995年まで全48作製作)[8]。
9月
10月
- 10月1日 - 日本の宇宙開発事業団(NASDA)発足。
- 10月5日 - スピードシンボリ号が日本馬として初めてフランスの凱旋門賞に挑戦。24頭中10着に敗れる。
- 10月7日 - 日本の野球界で黒い霧事件発覚[7]。西鉄の永易将之投手など数球団の主力選手が永久追放受ける。
- 10月9日 - 読売新聞社社主で日本テレビ放送網創業者の正力松太郎が死去[9]。
- 10月10日 - 日本の巨人、金田正一投手が400勝達成[7][9]。
- 10月21日 - ソマリアでクーデターが起きモハメド・シアド・バーレ少将が実権を掌握。
- 10月21日 - 国際反戦デーにあたるこの日、日本の新左翼各派は新宿を中心に各地で機動隊と衝突[7][10]。この事件での逮捕者は1594人に上り過去最大となった(10.21国際反戦デー闘争)。
- 10月29日 - 日本で人工甘味料チクロの使用が禁止される[7][11]。
- 10月29日 - 午後10時30分 (アメリカ時間) インターネットの原型であるARPANETで、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)からスタンフォード大学に初めてメッセージ(LとO)が送信される。情報化時代の幕開けとなる。[12]
11月
- 11月10日 - アメリカの教育番組『セサミストリート』が放送開始。
- 11月16日 - 翌日にかけて日本の新左翼各派は佐藤栄作首相の訪米を実力阻止すべく、武装した行動隊を羽田空港に送り込んだ。10月21日の国際反戦デー闘争の時よりもさらに多い2500人超の逮捕者を出した(佐藤首相訪米阻止闘争)[3][13]。
- 11月17日 - 日本の佐藤栄作首相が訪米[3][13]。
- 11月21日 - 佐藤栄作首相がニクソン大統領と会談し、日米共同声明を発表[3]。3年後の沖縄返還合意を取り付ける[13]。
- 11月30日 - 世界初の界磁チョッパ制御車、東京急行電鉄8000系デビュー。